2012年8月29日水曜日

時代は変わっても、味は変わらない。

「時代は変わっても、味は変わらない」は香港の「翠華餐廳」(すいかレストラン)(*)のキャッチコピー。

2001年、中学2年の夏、モーニング娘。を聴きまくっていた。と言っても「ベスト! モーニング娘。1」をMDに入れてひたすらリピートしていただけだけれど。それでも中学時代のいくつかある思い出のひとつに、モー娘。は間違い無く入っている。当時はちょうど5期メンバーのオーディションをやっていたりしていた。

そのころちょうど松浦亜弥もデビューしたところで、「LOVE涙色」なんかはほとんど毎日TVで流れていた気がする。このころまでは、歌が上手くて好きだったのを覚えている。

が、その翌年、2002年になって出したシングル「♡桃色片想い♡」あたりからもう自分の中ではダメだった。
さとう珠緒とか小倉優子とかもそうだったけど、あのぶりっ子なキャラが駄目だった。ついていけなかった(そもそもそんなについて行っていないけれど)。



というよりも「調子にのってんな」と思ってしまったのがよくなかったのかも知れない。


それから7年経った2009年、むちゃくちゃかっこよくなってるじゃないですか。

味がある。



(*)「すいかレストラン」って、「いるかホテル」みたいでなんか好き。

2012年6月24日日曜日

忙中に閑を求めて。


これまで海外は

  • 韓国
    • ソウル
  • 中国
    • 上海
    • 成都
    • 北京
    • 青島
  • 香港
と東アジアにしか行ったことがないのだけど、その経験の中でも上海と香港が強烈で、どうしても今のうちに(5年とか10年とか経たないうちに)もう一度行っておきたくて、今年の夏休みは香港に行くことにした。

そう、夏休み。9連休を取ることが出来る業種なのでばっちり取った(ここで取りたいです!と時期を申請した)。

しかしながら、世の中には「業種によって忙しい時期」というものがある。
米農家なら春と秋は田植えと稲刈りで忙しいし、税理士の先生なら3月決算の中小企業の決算事務で5月が忙しい。そしてその忙しい時期の中でも特に集中してクソ忙しい時期というものがある。
同じように、我が職種にも忙しい時期があって、その中でもある1週間がクソ忙しくなる時期というのがある。しかしその1週間が1年でいちばん忙しいなんてことは露も知らなかったペーペーであるわたくしは、その1週間に休みをぶつけてしまった。

札幌東京間の往復航空券は既に決済した。東京香港間の往復航空券も今日決済した。もちろん格安航空券、キャンセル料は50%〜100%の率でかかる。

さらに、いま僕の頭の中は「宿はどうするか?」でいっぱいである。
「香港に4泊するうち、何泊を安宿にして何泊を高級ホテルにしようか。高級ホテルはどれくらい高級にしようか。せっかくだからマンダリンオリエンタルとかマルコ・ポーロとか行ってみっか?うわー服はどんな格好で行けばいいんだろう!ペニンシュラにジーンズはまずいかな!?うーん、3万円OVERの超高級ホテルじゃなくて、8,500円位の中級ホテルにしようかな…」ときたもんである。そしてそろそろ予約・決済しちゃおうとさえしている訳である。

果たして僕は夏休みを取れるのか!?キャンセル料は払わなくても済むのか!?

ところで、なぜその1週間がクソ忙しくなるのかというと、2か月ほどかけてやる仕事の締切りがその時期だからである。ならば、前倒しで仕事を終えれば、その1週間はさほど忙しくはならないはずである。もちろん、自分の仕事だけ終わらせればいいなんて情けないことは言わない。職場全体の仕事を早めに終わらせなくてはならない。先輩方の仕事にも進んで手を出してやっつけていく。するとどうだろう、量が質に転化して仕事は出来るようになるわ、先輩方からは頼られるわ、夏休みはエンジョイできるわで、バラ色じゃないか。

というわけで、明日からは死にものぐるいで働いて素敵な25歳の夏休みを送りたいと思うわけです。でも明日から研修なので、研修明けからバリバリやることにするわけです。終わり。


2012年6月17日日曜日

衰えたのか、状況が変わっただけなのか。

リアルグラフへの違和感 - naoyaのはてなダイアリー
なんか facebook のコメント blog とかに表示するやつに投稿されてるコメント、なんか素直に読めない感じのコメントが多い。・・・うまく言葉にできないので過激な言い方をすると気持ち悪いと感じるというか。ひどい言い方で、すみません。
実名とかで現実のアイデンティティを担保にとれば、コメントとか炎上もなくなってまともになるでしょうって話だったけれど、facebook でそれが現実になってみたが結果的にはぜんぜんまともじゃなかった。
アイデンティティが現実世界のそれだから、いろんな意味で発言の評価が本人に結びつけられた場合のフィードバックが強すぎるんじゃないだろうか。書く側は、なんだか立派なことを言ってみたり思ってもないことを言ってみたりと格好つけるし、読む側からの印象としてはそれ全部がひどいポジショントークに見えてしまって気分が萎える。
 大学1年生の頃が「人生でいちばん楽しかった時期」だなって思えるのは、こういう文章を読んだ時に「個/集団」とか「オンライン/オフライン」とか「匿名/実名」とかってキーワードからなんやかんや考え始めて、間違っているとしても1つの仮説までは考えてたなーと思うから。頭悪かったけど(いまでも悪いけど)、最後まで自分で考えて答えを出していた。そのプロセスってやっぱりむちゃくちゃ楽しかった。

社会人になってからか、することが増えて、しなきゃいけないことが増えて、「とりあえず」の答えばっかりになっている気がする。
もちろん、大学1年生の頃に出した「答え」だって「とりあえず」のものでしかなかったけれど、それでももう少し深く広く考えていたと思う。

そして多分それは、僕の場合、そのテーマが自分の興味のあること/好きなことであったからと、1つのことを考え始めたら何にも邪魔されない環境が出来ていたからだと思う。授業は行かず、部屋にこもって、あるいは新宿や渋谷のカフェに出かけて、ノートに向かったり、パソコンに向かったり、時にはニコニコ動画を何時間も見たりして、何者にも邪魔されずに好きなことだけを考えられたから。そして、ぶつけたい時にぶつけたい相手に向かって意見をぶつけて、返してもらっていたから。
いまは、何かに興味を惹かれてもそれよりも明日の仕事の段取り考えなきゃーあれもしなきゃこれもしなきゃーってなって、思いついた時点で思考停止。

大学1年生当時に考えていたことだって生産性ゼロだと思うけど(だって自分が好きなだけで誰かの役に立つようなことじゃないもの)、じゃあ今の状況は生産性が上がっているかっていうとやっぱりゼロなんだと思う。

この際生産性はどうでもいいや。好きなことじゃなくてもいいや。深く考えて、自分なりに答えを出す事の楽しさを手に入れられれば。
そしてあわよくば、自分の好きなことを考えられるようになりたい。レベルの問題はこの際置いておくよ。

そんなことをふと思った、久しぶりに暇な時間。

2012年5月4日金曜日

ジム(プール)デビュー。

学生時代から「行くぞ行くぞ」(≠IKÜZÖNE(※1))とは思っていたけれど、ついに本日ジムデビューしました。

飛び込んだのは自宅から徒歩3分、後ろ向きに歩いても5分のところにあるSports Club Zip麻生店。

  
後ろ向きに歩く


というアレでここからはジム(プール)デビューのレビューと、Zip麻生店のレビューになります。Zip麻生店でジム(プール)デビューしたい方のご参考になれば。

そもそもの話

そもそもなんでジムに行きたかったかというとふたつ理由があって、ひとつは体力への不安がものすごかったから。
学生時代は1週間に1回は熱を出していたし、社会人になっても昼過ぎには集中力が切れて手が止まったりしてしまうし、退社後も疲れきってしまって毎日帰って夕飯食べて寝るだけの生活になってしまって、焦りを感じているところで。
「健全な集中力は健全な体力から生まれる」もんだと思ってるので、早急に体力つけなきゃな、と。

もうひとつは、緩みきった身体に喝を入れたかったから。BMIだけで言うとぎりぎり標準体型なんだけど、肥満という名の棺桶に一歩足が入っている状態で。
北海道は寒いので特に海とか行くつもりもないんだけど、それでもTシャツになることはあるので、Tシャツの似合う肉体が欲しいなあ、と。

で、トレーニングマシンとかもいいけど、1週間に5分も走るか走らないかくらいの身体にそりゃ無理だろうということで、まずはプールに行きたいと思っていた。肺活量を鍛えて、無駄なく脂肪を落とす。「運動できる身体」を手に入れるのが先決だろな、とか思っているところ。

事前準備

んでGWに入ったし覚悟を決めて、まずは昨日海パンを購入。
以前から「札幌スポーツ館」とか寄ってはみてたんだけど、どうにも気に入ったデザイン・価格のものが無かった。
そんななか昨日「川中スポーツがいいんじゃないか?」ということをWebで発見。早速行ってみると、欲しかったハーフパンツタイプの海パンを3,000円くらいでゲット出来た。スイムキャップと水中メガネも持ってないことに気づいたのでついでに購入。

本当は昨日から行きたかったんだけど、海パン買った時点でZipは閉店時間。おとなしくZipのサイトで情報収集して、昨日はおしまい。

いざZip

Zip麻生店は10時開店。まずは9時から寮の同期T君と寮のロビーのテレビではなまるマーケットを観る。何年ぶりだろう、岡江さんみるの。今日のはなまるカフェはももクロだった。もともと去年の夏くらいに「走れ!」を聴いて、T君とカラオケ行った時なんかにサビだけ歌ってたりしてたんだけど、正直T君はそのとき僕のこと(というかももクロ)をバカにしきっていた。僕も僕で、去年から注目してたのに周りは依然「AKB!AKB!」って言ってて誰も振り向いてくれなくて、「まあいいか」くらいにここ数ヶ月のももクロフィーバーもスルーしていた。が、今ではT君は「DVD買う!」とか言っちゃう始末だし、今日のはなまるカフェはやばかった。はまりそう。僕もそっち側に行っちゃわないように気を付けなくては。

とかなんとか言ってだらだらしてたらもう11時過ぎ。T君も僻地に(高速バスで(※2))帰省したことだし、カバンに荷物を詰めていざZip。

持っていった物:
  • 海パン
  • 水中メガネ
  • スイムキャップ
  • バスタオル1枚
  • ビニール袋(海パンを買ったときの袋)
服装・装備:
  • 下着上下
  • パーカー
  • ジャージのズボン
  • ふつうの肩掛けのカバン
  • ふつうのスニーカー

トレーニングルームとかを使うなら室内履きのシューズが要るそうなんだけど、サイトを見る限りプールだけなら必要なさそうだったので用意しなかった。
下着の替えとかは、とりあえず用意せず。
タオルもバスタオルを1枚だけ持っていった。
駐輪場があるのかどうかよくわからなかったし、そもそも雨降ってるので徒歩でZipへ。

受付

ここからは文章だけじゃすこし分かりづらいかも。
1階の玄関の前に立つと、まずドアが2つ。正面と右側。右側に靴を脱ぐ場所っぽいところがあったのでそこに入り、靴を脱ぎ下駄箱へ。10円を入れて鍵を閉め、開けるときに返ってくるタイプの下駄箱だった。鍵を持って、階段は無くエレベーターしかないためエレベーターで2階の受付へ。
実は玄関の正面のドアから入ると、外靴のまま2階まで上がれたらしい。そして2階で靴を脱ぐスタイル。まあ1階で脱いでも2階で脱いでもいいんじゃないかと思うんだけど。

サイトの画像通りの綺麗な受付に行くと、美人の受付嬢が出迎えてくれる。
普通なら「○○会員」ってのになって入会金+初期登録費と月額いくらの会費を払わなくちゃいけないんだけど、会社が法人契約していて1回1,050円で利用出来るのを知っていたので、その旨を告げる。会社の保険証を提示し、いろいろ説明を受けて、申込書に記入して、下駄箱の鍵を渡し、1,050円を払って、ロッカーの鍵を受け取り、同じく2階のロッカールームへ。この受付は10分くらいで終わった。もしかしたら、法人会員じゃない場合はもう少し時間がかかるのかも知れない。
あ、写真も撮られた。会員カードに使うんだと思う。柱の前に立って、お姉さんがデジカメでパチリ。ちょっと照れる///。

ちなみに法人会員の利用方法は「利用料都度支払い制」と「月会費制~法人クラブ会員~」の2種類があるらしく、前者が今回僕が利用した「毎回1,050円支払う」方式で、後者は月6,300円(?)払うことで使い放題になる方式らしい。サイトを見る限りだと8,300円となっているんだけど、サイトには乗っていない別の料金体系があるのか、うちの会社だけそういう契約になっているのかはわからない。

2階ロッカールーム〜プール前ロッカールーム〜プール

ロッカールームでは、正直大きいとは言えないサイズのロッカーがひとつ当てられていた。
受付のお姉さんの説明では「2階のロッカールームで水着に着替える」とのことだったので素直に水着に着替える。
しかし「ロッカールームを出るときは何か服を着てください///」とのことだったので、海パンの上から着てきたパーカーとジャージを着て、スイムキャップと水中メガネ、バスタオルと100円玉、ビニール袋を手に持ってロッカールームを出て、4階のプールを目指し階段へ。

4階にはまたロッカールームがあり、そこからまっすぐプールに出られるようになっていた。そのロッカールームでパーカーとジャージを脱ぎ、スイムキャップを持ってプールにつながる廊下へ。
このロッカールームは、「スポーツジム」のイメージよりは少し汚かったけれど、ロッカーが多少錆びていたりする程度のことで、全然気にならないレベル。そこら辺にある市民プールなんかと比べるとよっぽど綺麗だろうと思う。
このロッカーは下駄箱と同様、100円を入れて鍵を閉め、開けるときに返ってくるタイプのもの。鍵は腕に巻くタイプのもので、2階のロッカールームの鍵と合わせて2本の鍵を腕につけることになるのかと。

廊下に出ると、途中にシャワーがあって、その下をくぐってからプール室に出るようになっていた。ここのシャワーも若干カビとかがあって少しだけ「嫌だなあ」とか思ったけれど、大して気にせずプール室へ。

プール

プール室には、25mプールが1つ。レーンは(たしか)6つ。手前から、
1)フリーレーン
2)フリーレーン
3)スクール用レーン
4)スクール用レーン
5)フリーレーン
6)ウォーキング用レーン
となっていたように思う(はっきり覚えていない)。

サイトの写真と比べると明らかにボロかった(窓がやけに汚いとか)けれど、これもまあまったく気にならないレベル。
そもそも、小学校のプール授業は改築したてのプールを使っていたし、地元の市民プールも新築したての頃にしか使ったことが無かったので、「キレイなプール」しか使ったことが無かった僕はプールに対する要求水準が人より高いんだと思う。
なので「まあこんなもんだろ」と思い直して歩みを進める。

すでにプール内にはおばさま・おばあさま方が10人ほど。男性は1人もいなかった。
プール脇でうろうろしていると、インストラクターのイケメン(イケメンすぎて腹たった)が出てきて、レーンの案内をしてくれた。

こんな感じのイケメン

プールに入るのは8年ぶりくらいだったので、いきなり泳ぐのは怖く、まずはウォーキングレーンへ。2往復くらいしてからフリーレーンへ。
おばさま方は当初全てのレーンをフルに使っていたけれど、明らかに新参者な僕のためにレーンを1つ開けてくれていた。おばさまは2〜3人で1レーン、僕は1レーン独り占め。なんだかとても贅沢だ。

最初はただのバタ足で25m泳ぐ。息が切れたら立ち止まって息継ぎをして、またバタ足。
次にようやくクロール。お、いちおう形になっているぞ。伊達に小学校の頃地区大会予選3位の実績を持っちゃいないな、とか思ったり(※3)。

バタコさん

25mを2本クロールで泳いだあたりから息が苦しくなってきた。50mなんてとてもじゃないけど無理。25mでさえ怪しかった。
となりのレーンで泳いでいるおばあさま方は、ゆっくりではあるけれど立ち止まらずに25mクロールで泳ぎきるし、仕舞いにゃ「じゃあ最後にバタフライ1本行ってあがりますかね」とか言ってきっちりバタフライしだす始末。ババアすげえよ。
世の中のババアってすべからくマナーとか皆無なもんだと思っていたけれど、Zipのプールを利用しているおばあさま方はマナーもよく、決して上品とまでは言わないけれどすごくいい人達だった。

かく言う僕は20分ほどで息が上がって、「まあ初回はこんなもんだろ」とか言って上がることにした。イケメンインストラクターの視線が怖かった。「あのデブたった20分で上がるのかよw」とか思われたらどうしよう、と。でもすごく性格も良さそうな人たちだったので、たぶんそれは大丈夫、という安心感があった。しかしこの20分は長かった。当面の目標は50m泳ぎきれるようになることだなあ。

プール〜プール前ロッカールーム〜2階ロッカールーム〜受付

廊下を通ってプール前ロッカールームへ。ここで1人のおじさまとすれ違った。GW中日の昼間にわざわざジムのプールに来るような若者はいないんだろう。どうせみんな函館に遊びに行って「望楼NOGUCHI函館」とかに泊まってるんだろう。ちくしょうめ、俺も行きたいな。
ていうかそもそもこのジムの利用者層ってどうなってんだ?とか思っていたけれど、あとで壁に貼ってある小学生の大会の結果表とか写真とか見ると、子供たちの利用が多そうな様子。メインはおじいさまおばあさま・子供たちで、次いで中年男性・女性、20〜30代ってのはあんまり利用していないのかなあ、という印象。気楽でいいけど。

プール前ロッカールームでは、まずなんとなくシャワーを浴びてみる。もちろん海パンは履いたまま。シャワーはまず水が出てきてびっくりしたけれど、すぐにお湯になったのでよかった。トイレに寄ってから自分のロッカーの前に戻り、鍵を開けて海パンを脱ぐ。しまった、パンツは2階のロッカールームだ、とここで気づく。しょうがないのでフルチンでジャージを履き、地肌にパーカーを着る。洗面台のドライヤーで髪を乾かして、持ってきていたビニール袋に濡れた海パンやらを入れ、再び2階ロッカールームへ向かう。
このあたりで腕とか足とか全身がかなりだるいのに気づく。歩くのもふらふら。

ふらふら

2階ロッカールームで一旦ジャージとパーカーを脱ぎ、下着を着て再度ジャージとパーカーを着る。カバンに荷物を詰めて、受付へ。
このロッカールームの奥には風呂・サウナがあるそうなんだけど、疲れきっていたので寄らずに出てきてしまった。
2階ロッカールームと受付の間には休憩所があって、さっきは誰もいなかったのに今度は小学生で溢れていた。そのあと小学生のクラスなんかがあるんだろう。

受付でお姉さんに2階ロッカールームのロッカーの鍵を渡すと、仮の会員カードというものとポイントカードをくれた。会員カードは、正式な物ができ次第差し替えになり、ポイントカードは法人会員のもので、20回利用すると1回タダになるとのこと。ただしこれは「利用料都度支払い制」に限るもので、「月会費制~法人クラブ会員~」として利用する場合はポイントはたまらないとのこと。そりゃそうだ。

お礼を言って、きた道を戻って退館、帰宅。

まとめ

男性がプールを利用する場合に持って行きたい物:

  • 海パン(別に競泳用じゃなくてもいいと思う)
  • スイムキャップ・水中メガネ
  • バスタオル(タオルはこれ1枚あればいい気がする)
  • 替えの下着
  • ビニール袋(濡れた水着を入れるもの。なんでもいいと思うけど、2階ロッカールーム〜プール前ロッカールームの間で持ち歩くことを考えると、少し大きめにしておくとバスタオルも入れられるしいいと思う)
  • 10円玉1枚、100円玉1枚(財布の中に入っていることを確認)

ビニール袋はこういうのがいいんじゃないかと思う

これらを普通のカバンに入れて持っていけばいいんじゃないかと思います。
服装も、僕はジャージで行ったけれど、ロッカーがきちんと整備されているので、プールの利用だけなら銭湯に行く感覚で私服で行っても大丈夫かと。
また、駐輪場・駐車場も整備されているので自転車・自動車で行っても大丈夫。

というわけで今後も通いそうです。多分月会費制にして毎日20分くらいずつ泳ぎに行く。

な、長くなった…。


(※1) 高校生になるとDragon Ashもあんまり聴かなくなっちゃったけど、中学時代は馬場さんの大ファンでした。お悔やみを申し上げます。

(※2)T君は「最近流行りの高速バスだぜww」とか言ってたけど不謹慎すぎるだろ。

(※3)思えば小・中学生の頃は陸上・水泳はそこそこ出来るわ頭はいいわ顔もいいわピアノ弾けるわで、市内の別の学校の女子からはちょこちょこ人気あって浮かれてたなあ。でも1歩市を出るとその全てがボロボロすぎて、いかに井の中の蛙だったことか。世間ってば大海すぎ。

2012年4月8日日曜日

J!NS PC注文したったー。


J!NS PC(http://bit.ly/Ikx9h7 )注文したったー。2012年4月7日 - 23:19 via YoruFukurou
いまのメガネは新宿ミロードのJ!NSで大学4年の冬(2010年12月)に買ったもの。
高橋優が「素晴らしき日常」のPVの中でかけていたウェリントン型のメガネがかっこよくて、当時Air frameと『ワンピース』とのコラボが話題になっていたJ!NSで似たものを探して買った(さすがにもう型落ちしたらしい。 http://www.jins-jp.com/Products/Detail/number/MTR-12S-006/98/ これに似てる)。たしか7,990円だったと思う。

高橋優「素晴らしき日常」
名曲なのでぜひカラオケで歌っていただきたい。

1年間と3か月かけてきたけど、会社ではボロクソに言われていた。「それは銀行員のメガネではない」「コントのサラリーマンみたいだな」「お前ただでさえ顔怖いのに、そのメガネのせいでもっと怖くなってるぞ」。「銀行員のメガネ」ってなんだよ、、、。

髪を短くした日なんかは尊敬するサブカルパジャマトークの@gamellaさんにそっくりで別に嫌いではなかったのだけど、たしかに、僕の顔だとこのウェリントンメガネは知的かつ優しい雰囲気を出す力を与えてくれてはいなかった。

だから、業務中はメガネをかけずスーツの胸ポケットにいれていたりした。そのせいでレンズは傷つくし、いざという時に遠くが見えなかったりして、結構非効率的だった。あるときは、メガネをかけずに遠くの人を呼んだらなかなか振り向いてもらえず、メガネをかけ直して改めてみたら全然違う人だった、なんてこともあった。

そこでJ!NSでまたメガネを買いたいな、とは思ったものの、北海道にはJ!NSが無い。
店舗検索ページの「地図で検索」には「北海道」の記述があるにも関わらず、リンクは張られていない。早く北海道にも店舗を! 
そこで、J!NSのオンラインショップで買ってみることにした。J!NSでは、店頭で計測した度数情報を入力することでメガネを購入することが出来る(もちろんその他の買い方も出来る)。幸い、2010年に店頭で視力を測ってから視力はあまり変わっていないので、その時の情報をそのまま使うことにした。度数情報は保証書に記入されている。

買おうと思ったのはコレ。


サイズがきっちり表記されていて、手持ちのJ!NSのメガネのサイズ表記と比べることで大きさが把握できるし、「メガネ向いてHoi! / Salon de MEGANE!」というサービスを使って、自分の写真にメガネをかぶせてみて動かしてみることもできたので、インターネットでメガネを買うことに対してそこまでの抵抗はなくなっていた。

が、さすがにちょっとだけ抵抗が残る。4,990円という格安価格とは言え、いきなり度付きメガネを買うことはないんじゃないか。

そこで、twitterでRTされてきて知ったJ!NS PCを手始めに購入してみることにした。

会社ではPCに向かう時間<書類などに向かう時間なので多分会社にはかけていかない。
が、自宅では「目焼き」でおなじみのiMacに3時間くらい向かいっぱなしになることもあって結構疲れがたまるので、届くのがすごく楽しみ。

というところまでが本エントリの本旨。それ以上でも以下でも無いのだけど、ちょっと記録しておこうと思って。

2012年3月11日日曜日

「新生活を始める」という行為が好き。

基本的に飽きっぽく、変化が好きなので、「新生活を始める」という行為が好きだ。久しぶりにのんびりした週末なので思い出話でも。

思えば大きな「新生活」を始めたのはこれまでに3回あった。大学入学、学生時代の引越し、そして就職。

大学の合格発表を実家のPCで確認してからの数日は、まず実家で大学からの案内を受け取り、コンビニで航空券代を入金し、初めての自分のPC(富士通のFMV BIBLO)を買い、ANAの夕方の便で上京した。一旦練馬の親戚の家に泊まり、翌朝、大学と学生寮のある八王子へ行った。寮は大学の敷地の中にあった。生まれて初めての引越しは、引越し業者ではなく、宅配便を使った。実家から事前に送っておいたたくさんのダンボールを寮で受け取り、古い汚い部屋に運び込んだ。その日の夕方には新宿のヨドバシカメラで掃除機とプリンターを買い、慣れない京王線に揺られて持ち帰った。寮にはインターネットが通っておらず、5分ほど歩いて大学構内の無線LANの飛んでいる建物に行っては、色々とその街のことを調べた。数日経つと北海道から母親が上京してきて、伯父と3人で電器屋さんに行き、冷蔵庫と炊飯器とオーブントースターを買ってもらった。このときの冷蔵庫と炊飯器は今でも使っている。もちろん掃除機も。あとは、「とりあえず無印でものを買おう」と決めていた。新宿のルミネに入っている無印良品で、洗面器を買った。母親と秋葉原の電気街に行って、テレビのアンテナ線を買ったりもした。PCにつないで使うTVチューナーも秋葉原のヨドバシカメラで買った。これは半年ほどで壊れた。大学は山を削って整備された土地にあって、一部は多摩の原生林が残されていた。桜並木がとにかく綺麗だった。やっぱり部屋ではインターネットが使えなかったので、ホットスポットを契約して、毎日モスバーガーに行っては閉店までコーヒーで粘っていた。毎日が不安で、毎日が楽しかった。

大学3年の春には寮を出なければいけなかった。2年生の1月くらいから部屋を探し始め、3月の頭には住む街を決めた。大学の最寄り駅からは3駅離れていて、1度だけその街のボーリング場に行ったことがあった街だ。鉄道系の不動産屋さんで物件を見つけ、その足で街を下見して、次の日には住むことを決めると不動産屋さんに告げた。引越しは3月の下旬だった。寮生時代は、洗濯機は寮の備品にあったので必要なかったが、新しいアパートには無かったので買わなければいけなかった。やっぱり新宿のヨドバシカメラまで行き、売り場で一番安かった洗濯機を買った。その5畳ワンルームのアパートは、駅から徒歩で5分のところにあった。まずは、どこに何があるのかを知らなければならなかった。Googleマップで近所の地図を見まくったのを覚えている。駅のすぐそばには西友があり、西友には無印良品が入っていて、引っ越してすぐに買い物に行った。まとめ買いしようと思ったものが品切れしていて、店員さんに次はいつ入荷するかを聞いたら、「もうしないと思います」とぶっきらぼうに答えられた。どういうことですかと聞くと、「ああいうことですから」と壁の掲示を指さされた。あと1週間で閉店するらしかった。寮には机が備品としてあったが、この新しい綺麗な部屋には無かったので用意しなければならなかった。新宿のルミネエストに入っていた千円均一で白いレコードボックスを2つ買って、小田急線に2駅揺られた街にあるホームセンターで白い板を買い、レコードボックスの上に載せて机の代わりにした。東京に出ている、高校時代の友達がテレビをくれるというので、電車を乗り継いで川崎までもらいに行った。友達には後日、赤坂で3,000円のランチをおごった。ちなみにこのテレビは去年の7月に映らなくなった。新宿の千円均一はよく通った。レコードボックスは全部で12個買った。カーテンもその店で買ったし、イスもラグもその店のものだ。アパートのすぐそばを小川が流れていて、そこの桜並木も好きだった。夜更かしした次の日の朝は、寝ずにその小川沿いを歩いて牛丼屋に行って、牛丼を食べて帰って寝るというのが日常だった。

就職のために、北海道に帰ってくることになった。友達と神保町でラーメンを食べていると、母親からメールが来た。会社から、配属先と寮が決まったという通知が届いたということだった。この時点では卒業はまだ確定していなかったが、帰省のため航空券だけは買っていた。3月10日に卒業の確定を確認し、翌11日、12時半に羽田を発つスカイマークに乗った。新千歳空港に着いたのは14時過ぎ。いま思えば、スカイマークだったのによく定刻に出発し、定刻に到着したものだ。迎えに来てくれていた親の車に乗り、空港を出た。まだ千歳市内を出ないくらいのうちに、大阪の親戚からメールが来た。「こっちはあまり揺れていません」。なんのことだろうと思った。一緒に車に乗っていた祖母が「何か大きな地震でもあったんだろうか」というので、ラジオを付けてみた。どのチャンネルも、同じニュースを流していた。信号待ちで車が止まったときにちょうど余震が来て、初めて事の大きさを知った。この帰省では1週間ほど実家にいたが、実家は一度も揺れなかった。ただ、テレビは毎日同じニュースを繰り返していた。この帰省中に、実家から1時間半ほどかけて車で札幌に行き、母親と立ち食いそばを食べてから職場に挨拶に行った。その足で寮も見学した。玄関を開けたとたんにタバコの匂いが立ち込めていた。壁は古く、ところどころはがれていた。

引越しと卒業式のために一旦東京に戻った。羽田から電車を3社乗り継いだが、どの車両も暖房が切れていて寒かった。部屋に戻ると、本棚の本が全て落ちていた。2年間暮らした小さな部屋はモノで溢れかえっていて、荷造りは前日から寝ずに行ったが終わらなかった。部屋を明け渡さなければならない日に、引越し業者と大家さんに手伝ってもらいながら、無理やりダンボールに荷物を詰め込んだ。その前の日には、よく行っていた近所の牛丼屋に行き、マクドナルドに行き、ファミレスに行き、その帰り道にちょっと泣いた。iPodで、銀杏BOYZの「東京」をずっとリピートして聴いていた。部屋を明け渡した日は、友達の部屋に泊めてもらった。翌日、練馬の親戚の家に移り、数日滞在した。この間に卒業証書を受け取りに大学に行ったり(卒業式は中止になった)、ゼミの追いコンに出たり、サークルの友人たちと食事に行ったりした。3月25日の昼に、ANAで北海道に帰った。4年ぶりの片道切符。

数日実家に居て、寮に引っ越した。荷物は、震災の影響でもしかしたら予定通りにつかないかもしれないとのことだったが、無事予定通り着いた。大学3年の春に買った洗濯機は、実家の近所の農家に譲ることにして、そのまま業者に預けた。ダンボール箱を押しのけて、床に寝っ転がって寝た。6畳一室。キッチンは無く、トイレ・風呂・洗面台は共有。学生時代の寮の風呂は0時から翌15時までお湯が出なかったが、この寮は24時間お湯が出るというところが気に入った。母親が何度も地元から札幌まで来てくれて、近所のニトリで机を買って一緒に運んだり、札幌駅の無印良品でベッドを予約したりした。札幌は予備校時代に通っていたし、高校時代にもよく遊びに来ていたので、どこに何があるのかはなんとなく知っていた。服が買いたければ大通に行けばいいし、家具が買いたければニトリに行けばいいことも、映画を観たければ札幌駅に行けばいいことも知っていた。4月、研修を終えて配属になってからしばらくは、17時ちょっと過ぎには会社を出ることが出来た。5月には、毎日地下鉄を途中で降りて、タリーズに寄ったり、行ったことのないエリアを散策したりした。狸小路7丁目が好きになったのもこの時期だ(もともと狸小路は好きだった)。



1時間以上かけて振り返ってみて思うのは、やっぱり「新生活を始める」という行為が好きだ。

僕のこれまでの「新生活」は、いつだって、希望と不安と喜びに満ちていた。落ち着いた日常には落ち着いた希望と、落ち着いた不安と、落ち着いた喜びがある。

けれど、この「新生活」におけるそれらは、それら自体が希望と不安と喜びを帯びているような気がする。わくわくしていること自体が不安で、不安を感じていること自体がうれしくて、新しい生活をしていく嬉しさ自体にわくわくした。

今日、近所のスーパーに行った帰り、花束を持って地下鉄の駅を出てくる女性を観た。大学の追いコンか何かだったんだろう。先週の日曜日にロフトに寄ったら、手帳フェアと弁当箱フェアが同時に開かれていた。

地面を固く覆っていた雪は溶け、アスファルトが顔を出してきている。もちろん札幌はまだまだ寒い。花粉症なんてどこ吹く風だ。昨日も吹雪だった。
それでも、春だ。僕の好きな春とは違うけれど、これがこの土地の春なんだ。希望と不安と喜びに満ちた、新生活がそこらじゅうで始まろうとしている。僕は次の異動までしばらくは「新生活を始める」ことは無いだろうけれど、たまにはこうやっていろんなことを思い出しながら、それでも前を向きなおして歩みを進めて行きたい。学校を卒業したみなさん、新しい学校に入学が決まっているみなさん、就職が決まっているみなさん、そして全ての「新生活を始める」みなさん、おめでとうございます。

2012年3月4日日曜日

「学歴社会」を作り上げた本質って。


業界内の試験、10月に無勉で受けて落としたやつ、今日(参考書見ながら自己採点だけど)8割くらい取ったったー。高校入試以来大学3年の頃まで「勉強の仕方」がわからなかったんだけど、ようやく掴めてきたかも。Sun Mar 04 05:26:11 via YoruFukurou

世の中にはたくさん「勉強法」の書籍やらサイトやらが転がっていて、それをその通りやれば確かに効率的なんだろうけど、その「勉強法」の実践の「仕方」ってのは言語化出来ない経験的なもので、こればっかりは手を動かしてゴリゴリやるしかない。

「勉強する能力」ってのは暗黙知なので、獲得するのはすごく難しい(熟練が必要)。やっぱり、勉強の得意なやつと一緒に勉強して(「共体験」を通して)技術を盗むのがうまいやり方なんだろう。

んで、「『勉強する能力』を持っているやつから学ぶ能力」ってのもまた暗黙知で…、って堂々巡り。しかしその内面化の技術や共同化の技術を早くから獲得しているやつが良い高校に入り、良い大学に入る。入試はそういう風に機能しているんだと思ってる。

「内面化の技術や共同化の技術」って書いたけど、ひっくるめると「SECIモデルをひとりで上手にぐるぐる回せる技術」がカネを生む上でも豊かで文化的な人生を送る上でも大事なんだろうと思ってる。そしてそれが出来るやつじゃないと良い大学に入れないことが多い。だから企業は大学名を見る。

というのが「学歴社会」を作り上げた本質なんだろうと思ってるんだよね、って話。SECIモデルとか「内面化」とか「共同化」って言葉が気になった人はこのへん(http://bit.ly/xpA5vL http://amzn.to/wJsrXO )をどうぞ。