2011年2月9日水曜日

なぜTVCMはYouTubeにアップされない?

CMの契約書って、書籍の契約書的に「型」が決まっているんだろうか。そりゃそうか。書籍はその契約で「電子書籍化」を盛り込んで無いのでいま(ちょっと前?)トラブってるみたいだけど、CMをYouTubeにあげられないのってタレントとの契約上許されないからだよね。

面白いCMつくる→Twitter、Facebookで口コミ狙う、ってんならYouTubeじゃなくても自社サイトに動画のっけりゃいいんだけどさ。西友とかそのつもりだと思うんだけど。YouTubeでなきゃいけない理由はないよなあ。吉高由里子かわいい。

自社サイトで必要条件満たせちゃうからめんどくさい契約どうこうしてまでYouTubeにあげようとは思わないかなと思って。

タレント事務所側の問題だと思う。クライアント側はできるだけ拡散したいんだろうが、タレント事務所側が肖像権保護をうたって認めないんだろうなと思ったり。理解できん。

テレビ番組でもそう。ドラマはDVD化してるけど、バラエティでもせっかく作ったんだからオンデマンド配信なりなんなりで売ればいいのに。権利が邪魔をしているんだろう、と。

2011年2月4日金曜日

試験終わった。

さて試験がほとんど終わりました。あとは英語の試験と映画のレポート&試験だけで、英語は勉強しなくても出来る簡単なものだし、映画はちょっとやっかいだけどレポートは6〜8本映画観て書いて、試験は勉強のしようがないので実質終わりです!

この1ヶ月は4年間でいちばんしんどかったけど、なんとかやりきった。どの試験もだいたい期待できる水準。あとは出席点があるものがどうなっているかだけ。人事は尽くしたので待つだけです。昨日とか心折れそうになったけど諦めないでよかった。

勉強教えてくれた人、授業に出るために迷惑かけてしまった人、本当にありがとうございました&すみませんでした。

2011年2月3日木曜日

「リアルなおっぱい」と「概念としてのおっぱい」。

「『リアルなおっぱい』(彼女とかのおっぱい)と『概念としてのおっぱい』(グラビアアイドルのおっぱい)は別のものである」説には納得せざるを得ません。

アイドルのおっぱいは「アイドル」っていうくらいでイデアの具現、すなわち男子の「夢」だけれど、リアルなおっぱいは別の次元の問題としてそこにある、という。

「勝間和代ウォッチャー」とか「○○ウォッチャー」ってのに軽く憧れがあったんだけど、高校生の頃のようにグラビアアイドルウォッチャー目指そうかな。いまんとこ一番詳しいのはフジテレビの女子アナだけど、別にたいそうなことを語れる訳でもない。

「グラビア界に勝間和代が与える影響〜女は綺麗が勝ち〜」とかで考えてみたい気はする。多分影響ないけど!

4年生になって授業をたくさん取って思うこと。

4年後期は1年生なみに授業を詰め込んでいたけど、「こんなに面白い話をどうして1年生のうちに聞いておかなかったんだ」って思いと「3年半に学んできたこと・経験してきたことがあるからこんなに『面白い』と感じているんだ」って思いが戦ってる。

「この3年半の間に(授業以外で)学んだこと、経験したことは、こんな理論で説明できるのか」って思いもある。もちろんこれまで触れたことがなかった分野もあるけど、それらもこれまで身につけたものによって自分が置かれた立場から見えるので、やっぱり世界が拡がる。

逆に言うと、1年生のうちにこれらの授業を聞いていても面白いとは感じなかったんじゃないかなとさえ思う。やっぱりこれまでの経験があるから授業が面白く映る。

大学1・2年生のうちに、友達がたくさん同じ授業を受けていることを利用して単位を取って4年生になって安心するか、単位取得に向けて1人で戦ってでも面白い話を聞くかはトレードオフ。

2011年2月2日水曜日

まだまだ編集者やレコード会社、テレビ局はなくならない。

CDからMP3への変化は、バレエにおける宮廷の舞台余興から市民の劇場音楽への変化と同様のものだ。コンテンツは消費の在り方に対して相対的に姿を変える。コンテンツの種類や「扱われ方」は変わっても、それらが「変わる」ということだけは変わらない。

この「諸行無常」のテーゼ自体を変えるような創造は起こせない/起こらないもんなのかなってときどき思い出したように考えてる。


話は変わって。

「聴きたい曲を1曲ずつ聴きたい時に手に入れられる時代」に生きていると、反動的に「知ってる曲も知らなかった曲もパッケージで提供してくれる」CDが無性に欲しくなる時がある。もちろんiTunes Storeでアルバム買っても良いんだけど、結局強いレコメンドが欲しい訳で。

テレビとYouTube、ニコニコ動画の関係もそう。「観たい番組を観たい時に1つずつ観られる」ようにはなったけれど、やっぱり受動的に観たいときもある。よく言われる事だけど、いま強く実感してる。

僕にとってヤングジャンプは週1の救い。週刊漫画誌は、受動的に生きることを許してくれる。「するべきことではなくしたいことを選択していく」能動的な暮らしの中で、毎週木曜日は受動的になれる。

まだまだ編集者やレコード会社、テレビ局はなくならない。

「みんキャン」考察。

「音楽B」って講義が素晴らしくて、その素晴らしさを誰かに伝えたくて「みんなのキャンパス」に書き込もうかと思ったんだけど、こういう動機でみんキャンに書き込む人って少ないだろうなとふと思った。

みんキャンみたいな「授業の口コミ」を紹介するようなサービスって、口コミの供給(口コミの量)が少ない場合が多い。いくら需要(読みたがる人の数)があっても、それは供給量には影響しない。

「授業の口コミ」を読む人と書く人は動機が違っていて、プラットフォームとしての「みんキャン」みたいなものを賑わせようと思ったら、書き手がたくさん書きたくなるように設計しなきゃいけない。

その点早稲田の「マイルストーン」はよく出来ていて、「サークル紹介記事を載せたかったら授業評価書いて」っていう仕組みは上手だと思う。

みんキャンも、みんなの「キャンパス」っていうくらいなんだからマイルストーンを真似したら結構盛り上がるんじゃないかと思った。早慶などは別にして多くの大学では授業評価紹介サービスってあまり盛り上がっていないから、各大学でサークル紹介と授業評価を充実させれば一人勝ちじゃないか?


それにしても首都大くらいの学生数(東大が約1万4000人、早稲田が約4万5000人、慶應が約2万9000人なのに対して首都大は約7000人)だと、授業評価ってあんまり需要ないのかな?だいたいリアルな関係性だけで授業評価わかるし。

首都大の経営学系っていま定員240人なのか。僕らの時はたしか280人。どっちにしても高校の1学年と変わらんぜ。

2011年2月1日火曜日

結局は「舗装された道を進む」上でのテクニック。

どうして経営工学系のテキストの練習問題とか講義で配られる練習問題とかって解答載ってないの?そんなに自分に自信ないの?「解答、俺はこうだと思うんだけど…でも違うかも…書くのはやめておこうかな…」的なの?それとも「こうきたらこうだろJK」的なの?

試験勉強って「理解し、覚え、再現出来るようになる」プロセスでやってんだけど、とりかかる前の段階で理解する範囲というか深さの目測をいつも誤ってる。

例えばオペレーションズリサーチで言うと、最初は「ノートを一読すれば解る程度の深さ」だと思って臨んだら意外と統計の話とか出てきて、まずひとつ見誤ってる。

そこで「統計やんなきゃ!指数分布?一様分布?」とかってやってて、下手に「理解すべき範囲」を拡げると、今度はいざ問題解いてみたらそこまでの知識は要らないことがわかる。ここでもう一つ見誤ってる。

内田先生の言う「論点思考」も似た話で、結局は問いの設定の話なんだけど、この勘所って経験でしか鍛えられないんだろうなあ。

きちんとほぼ毎回出てた講義は理解すべき範囲とか深さとかをつかめていて(というかその範囲の内容を理解していて)、あとは覚えて再現出来るようになるだけだから特に苦労しない。でも年末に初めて出たような講義は結構苦労してる。

授業に試験直前期だけ出て、アドリブで問いを立てる能力を鍛えるライフファック。

なんだかんだ言って、結局は「舗装された道を進む」上でのテクニック。森を切り拓くテクニックではない。が、しかし今年度中はそのテクニックを磨きつつ目一杯前に進む!