2011年8月28日日曜日

札幌のお気に入り。Vol. 1

札幌に越して来たのは3月29日だったので、今日でちょうど5か月が経ったことになる。
5ヶ月間札幌で暮らしてみて、いくつか「お気に入り」と言える店も見つかったので、そろそろちょこっとだけまとめておこうかな、と。ジャンルやらなんやら順不同。店の詳細はリンク先をどうぞ。


1. Singapore Style KOPITIAM
狸小路7丁目にあるシンガポール風居酒屋、コピティアム。ここは本当にお気に入りで、(最近は1か月くらい行っていないけど)ひどいときは週3で行ってた。決して安いとは言えない店だけれど、コストパフォーマンスはよいと思う。屋外席で食べる鶏飯(チキンライス)とタイガービールは絶品。酔ってグラスを割ったりしたこともあるのは内緒。


2. Suage+(すあげプラス)
すすきのにあるスープカレー屋さん。スープカレーはこの他にも何軒か行ったけれど、ここのものがいちばん美味かった。店名のとおり、野菜は素揚げしてあって、とても美味しい。


3. WORLD JAPANESE FOODIN' EN(ワールドジャパニーズフーディン エン)
南2西6にあるダイニングバー。夏の夜にここのテラス席なんかでビールを飲むといい感じ。「札幌にもこんなおしゃれな店があるのか!」とびっくりした店。


4. 下町ウルフ
コピティアムと同じく狸小路7丁目にある海鮮居酒屋。同期とコピティアムで午前3時の閉店まで飲んでて、そこからふらっと寄ったらこれがまた絶品の海鮮を出す店だった。
特別高くもなく、美味い海鮮が食える。「うん、うまい」な店。
先月末に他の同期を連れて行ったら喜んでくれた。


5. pippin(ピピン)
市営地下鉄東西線「西18丁目」駅にあるカフェ。雑貨&インテリアの"D&DEPARTMENT PROJECT SAPPORO"の中にある。コーヒー1杯500円となかなかの値段を取るけれど、雰囲気は抜群。D&DEPARTMENT PROJECTで雑貨やソファを見てから寄るもよいし、コーヒーを飲んでから雑貨やソファを見るもよし。ここでの食事はまだ食べたことないのだけど、なかなかに美味そうで、来週末のランチはここで取ろうかなと思ったり。
今日はカリモク60のロビーチェア3シーターのモケットグリーンに試座してきたけれど、とてもよかった。欲しい。



以上、とりあえず5軒だけ。

まだまだ札幌の店はよくわかりません。雑誌・ムックを見て「お、ここ美味そう」と思っても車が無いとちょっと厳しかったりして、楽しみきれていない。

9月に入ったら会社の同期とラーメン屋めぐりをしようと思っていて、これがとても楽しみである。

2011年8月20日土曜日

【吉田さんレシピ】吉田さんのカップヌードルグラタン


「吉田さんの炊き込みご飯。」、そして「【吉田さんレシピ】吉田さんの混ぜ込みご飯。」以来、いくつか新しいレシピを吉田さんから聞いているのだが、その中には、調理環境的に難しくて挑戦できなかったり、挑戦したがいまいちだったものもあった。

しかし先日聞いた今回のレシピはめちゃうま!シンプルで、失敗しようがない(不味くなりようがない)。

【カップヌードルグラタン】
材料:
・カップヌードル:1つ
・ホワイトソース(缶詰で売ってる):適量
・チーズ(トースト用とかピザ用とかでおk。もちろん粉チーズでもいい):適量

作り方:
1. カップヌードルを普通の作り方で普通に作る
2. 1.のカップヌードルを半分くらいグラタン皿に盛る(具もしっかり入れよう)
3. 残ったカップヌードルは食べるなり何なりする
4. 2.にホワイトソースを適量かけ、チーズを載せ、オーブントースターでチーズに焦げ目がつくまで焼く

こんなん不味くなるはずがないやろ!って感じでメチャうまでした。
今回はホワイトソースとチーズの間に薄切りもちを入れてみたんだけど、さすがにもちにあまり火が通らず、結局避けておいてあとから焼き直して食べるという残念展開でした。

ちなみにホワイトソースはハインツのグラタンソースを使った。

やきそば弁当(もちろんペヤングも可)にとろけるスライスチーズのせてレンチンしたのとかとっても美味しくて僕は大好きです。

2011年8月6日土曜日

Amazon.comで買い物をするのに、デビットカードを使うという話。

@tt012424 あ、デビットカードだと即時〜数日での引落なので、「いまのレートで買い物!」なときに買い物できるのですね!便利!less than a minute ago via YoruFukurou Favorite Retweet Reply


@tt012424さんはtweet非公開なのでここには貼れなかったのだけど、さっきやりとりしていてちょっと衝撃を受けた。

Amazon.com(アメリカのアマゾン)で買い物をするのに、デビットカードを使うという話。これ、もう一般的な手法なのかな?

一般的には、海外現地での買い物とか海外サイトでの買い物にはクレジットカードを使うことが多いんじゃないかと思う。しかしそれでは為替レートが「注文時」ではなく「決済(預金口座からの引落)時」のものになってしまう。そしてクレジットカードの決済は通常、注文から1ヶ月近くかかる。
つまり、たとえいま円高でも1ヶ月後とかの決済時にはどうなっているのかわからず、「安い!」と思ってした買い物も実は高くなっていたりすることもありえる。

だがデビットカードなら、即時決済または数日後までに引き落しになるので、「いまのレート」で決済できるわけだ。

「円高になると海外からの輸入品が安くなり、円安時には高くなる」から「我々消費者の経済活動にも影響があるよね」なんてのは高校の政治経済くらいで聞く説明だけど、デビットカードの利用と「Amazon.comなど海外Amazonでの買い物が別に珍しくも難しくもなくなってきている」ことの組み合わせは、ちょっとこの説明を変えてしまう。間に入っていた業者をとっぱらって、取引の主体が消費者個人になっているのだ。「円高になると海外から安く輸入でき、円安には高くなる」時代。個人輸入がごく当たり前になる時代。ちょっとした衝撃だった。

#8/20 タイトル追記。

2011年7月25日月曜日

覚悟を決められる人が幸せなんだと思う。

クラブで夜中まで過ごして、タクシーで帰って、寝て起きて、株価とか見たりクラブで飲みながら考えたこととか普段仕事に対して考えてることとか思い出したりして、やっぱり自分の居場所はクラブのフロアーには無いんだと思った。楽しかったけど、あそこで踊り続ける人生は嫌だ。

"Life is a dance floor."なんて言うけど、楽しいのはフロアーの中で踊る人なのか、パーティを主宰する人なのか。そして、楽しければいいのか、儲けられればいいのか。搾取したいのか、搾取されたくないのか。

哲学とは「善く生きるとは何か」を考える事だとして、それって多分、人の世は様々な方向を持った様々な内容の「移転」の組み合わせで出来ていて、その中で自分はどういうスタンスを取るのか、なんてことと言い換えられるんじゃないかと思ったり。

ああでもない、こうでもない、と様々な価値観の軸があって、「どの軸を取るのが善い生き方か」という問題なのではなく、自分の決めた軸を貫くことが善い生き方なのだろう。

「左の頬を打たれたら右の頬を差し出しなさい」って価値観は、損得勘定の世界の中では間違っている(損をする)のだと思う。「右の頬を差し出すことが『善い生き方』なんだよ」なんて綺麗な言葉を、そのまま受け入れられるのか受け入れられないのか。

何が「幸せ」なのか。「世の中カネがすべてじゃないが、それでもカネがないと何も出来ないよ」と言って資本主義の中で得をするのが幸せなのか、両頬を打たれても「それでいい」なら幸せなのか、そもそもそれらはどちらも「カネかカネじゃないか」という意味で結局カネに捕らわれているのか。

明快な答えなんて出せずに2000年以上も経っていて、そもそも明快な答えなんて多分出す必要がなくて、そんななかでいちばん幸せなのは「自分はこう生きる」というスタンスを決めて覚悟できている人なんだと思う。どんな生き方だっていいが、覚悟が決まっていればそれでいいんだと思う。

じーさんとばーさん。

うちの母方のじーさんは酒こそ飲まなかったが麻雀に明け暮れ、じーさんが麻雀で作った借金は、俺が生まれる前の我が家を引越しさせる程のものだった。じーさんは晩年も麻雀仲間にいいように使われ、そんなじーさんに愛想を尽かしたばーさんは、70を越える歳にも関わらず離婚するか否かについて真剣に悩んでいた。俺は田舎町の一軒家で、おかんと弟と、じーさんとばーさんと暮らしていた。

それでもじーさんが亡くなる直前、ばーさんのじーさんへの介護はかいがいしいものだった。じーさんは亡くなる3年ほど前に脳梗塞で倒れ、一時は回復したものの、血流を滑らかにする薬を飲んでいたため、転んだ拍子に切れた脳の毛細血管からの内出血が止まらず、今度はくも膜下出血で入院、それから亡くなるまで寝たきりだった。

ばーさんは雨の日も雪の日も吹雪の日も、毎日自分で軽自動車を運転して20km先の隣市にある病院に通い、じーさんがうちの市内の病院に転院してきてからも、起きている時間のほとんどをじーさんの個室で過ごしていた。この頃高校生だった俺は、隣の市にあった高校から電車で帰ると、ときにまっすぐばーさんのいるじーさんの個室に寄ってから帰宅していた。

俺が高校を卒業して、100km離れた街の予備校に特急列車で通い始めてそろそろ10ヶ月になろうとしていた1月上旬、俺のセンター試験を目前にして、じーさんは生涯最後の2年間を過ごした病室で、とても静かに息を引き取った。涙を流したのは、危篤の報を聞いて東京から駆けつけていた伯母だけだった。ばーさんも、おかんも、しなければいけないことをただ黙々としていた。親類縁者への連絡、葬儀屋の手配、坊さんの手配…。ばーさんは泣かなかった。

通夜を終え、寺から火葬場に移動し、お別れの挨拶のとき。ばーさんが大声を上げて泣いた。
「じいちゃん!じいちゃん!さよなら!」
じーさんを彩る菊花と相まって、なんだかばーさんはとても美しかった。まるで、嫁いだばかりの少女になったようだった。ああ、ばーさんは女だったんだ。離婚を考えるほどどんなに辛い思いをしても、どれだけの苦労をさせられていても、それでもばーさんは半世紀以上もの時をじーさんと過ごしてきた。そのばーさんにとっての2人の時間の終わりは、儚くも美しいものだったのだと思う。俺はじーさんが亡くなった悲しみではなく、ばーさんのその美しさに涙が止まらなかった。


『うさぎドロップ』のアニメの第1話を観ていたら、そんなことを思い出して泣けてきた。

うさぎドロップ、完結していたんだね。知らなかったよ。読み直さなきゃ。

2011年7月10日日曜日

システム刷新の価値。

コンピュータ・システムを刷新した際、「なんで○○も△△も出来るようにしないんだー、無意味ー」なんてぼやく人がいるけれど、決して無意味ではないと思う。しかしその価値はなかなか理解されない。

もちろん、「○○も△△も出来る」ようにできるなら一気にするべきだろう。だがそれにはそれだけ費用がかかる。「まずは、」の問題として、これまでの改修で継ぎ接ぎだらけになったものを一旦「ひとつのもの」に置き換えることは、決して潤沢な資産が無い場合には価値のあることだと思う。

古くなった、増改築・リフォームを重ねた住宅みたいなものだと思う。
「もともとは風呂が無かったけど改築して付け足した。家族が増えたから外に部屋をつくって廊下でつないだ。もうあちこち隙間だらけで寒い。ていうか築30年だしもうボロボロ」みたいな家を、「とりあえず」解体してまっさらにして基礎工事からやり直して新築するのに似ている。ホームシアターや、ジェットバスつきのユニットバスなんかはあとからまた導入すればいい。
まずは解体・新築できるカネが集まったところで、「あとからなんでも付け足せる」家を新築することは、決して無意味ではない。

2011年6月27日月曜日

神聖かまってちゃん@札幌KRAPS HALL

【大切なお知らせ】神聖かまってちゃん開催見合わせとなった4/1(金)両国国技館ワンマンライブについて。 及び、初のフリーライブ全国ツアー決定のお知らせ

6/21、クラップスホールに行ってきました。
開場は17時、開演は19時だったけど、仕事が押して会場に入ったのは19時15分。しかもスーツのまま行ってきました。
クラップスホールに行くのは初めてだったんだけど、規定の人数を超える来場があったそうで、場内はもう暑くてスーツなんて着てられない。
っていうかライブにスーツで行く人っていないんだね。浮いてた。

セットリストはこちら:

着いたときにはもう2曲くらい終わってた。「23歳の夏休み」聴きたかったなあ。

実は神聖かまってちゃんって「ロックンロールは鳴り止まないっ」くらいしかまともに聴いたことなかったのだけど、予習していけばよかったって本当に後悔した。「フリーライブだし、そんなに気合入れなくても」とか思ってたのが間違いだ。

表現活動ってたぶん自身の本当の心の底から絞り出すものなわけで、表現者が本気じゃないと受け手にも届かないもんなんだろうと思う。
そんでその心の底にあるもの、とくに苦悩みたいなものの深さ・大きさがあるほど、それだけ惹きつけるというか。苦悩の質量が大きいほど引力が大きいんだろう。
神聖かまってちゃんは、その辺はずば抜けてる。「俺こんなこと悩んでるんだぜー、悩んでる俺かっこよくね?」みたいな感じじゃなく、歌にでもしないととてもやっていけない感じ。

よくわかんないや。語れるほど音楽聴いてないから辞めておこう。


神聖かまってちゃん「ロックンロールは鳴り止まないっ」

23才の夏休み 神聖かまってちゃん

【神聖かまってちゃん】ねこラジ